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子どもの育ちを記録することの重要性

時代の流れでそれまで疑う余地がなかったようなことが変わる現実をみることがあります。
児童心理学、発達心理学などを学んだ方ならば有名なスイスのピアジェという学者の「乳児から移行期、初期幼児期」あたりの「自己中心性」は1~2歳児を捉える学説として妥当である、当然であり、かつては標準的な子ども像の学説だったと思われます。

当園で、ビデオ撮影をして子どもの姿を連続で追った中で、おもちゃを奪い取られた子どもが、その奪い取った子どもがおもちゃを返すことによりその子どもにやさしくしてあげた上で、他のおもちゃを見つけてさらに何か返してあげようとするおもしろい姿を見つけました。よくよく観察すると他の子どもにも同じような場面が見られます。 「可逆性」時期でなく、「運動感覚期」の子どもに 「相手の気持ちをおもんばかる」ような姿があることだからめったに取れる絵ではありません。環境に合わせて運動感覚期の子どもでも「発達心理学」の常識をいとも簡単に乗り越えていくことによって前の学説にとても懐疑感を覚えていました。

環境ということであれば 白梅学園大学の汐見先生などのお話では11ヵ月の乳児が 道具の一種の「斧」を使ってヤシの実を割り、そこから果実をすするという日本の常識では到底考えられないことが普通に起こっていることを報告してくださっていました。(アフリカのある民族の話ですが11か月といえば日本ならば カミカミ期の離乳食を食べている位の頃ですね。)
このことからも 「人」は環境の中で生きていく生き物であること、国の事情によってその子どもの育ちの常識が変わることを示されています。

だからこそ、子ども達が小さい頃、どのような体験、経験をしていくか、それにどんな感じ方をするかなどとても大切なことです。
保育園という場所は、お子さんが育つ上では「一つの通過点」だけなのかもしれませんが、その通過点の中でどのように育ち、感じ、経験したことにどんな意味があったのかということを今後とも、注意深く、科学的に捉えることが重要なのかもしれません。

最後までお読みいただき有難うございました。






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