保育ノート ー待つ保育についてー



先日、山梨県から当園に視察においでくださりました、とある保育園の園長先生から渕野辺保育園の園のしおりに書かれている「待つ保育」という言葉の意味を教えてくださいという視察後の質問がありました。

その先生の園では「見守る保育」を行っているというお話で、概念的には同じことですか?という問いでした。
なるほど、その後、深く調べてみると「見守る保育」という看板でたくさんの保育園があることが分かりました。
そして、その「見守る保育」という言葉を世に出したのが私もご尊敬申し上げている せいがの森保育園を創始した藤森平司先生であることが分かりました。

藤森先生の提唱されている「見守る保育」というのは、もちろん細かく、そして深く、いろいろな部分に具体的な保育指導方法です。その後、再度、実践されている園の先生に伺うと1つは「保育所保育指針どおりに基本どおりに丁寧に保育を行う」ということであると仰られておりました。
また、公式ホームページを拝見させていただくと、、、、

「見守る保育」とは、見守っても大丈夫な子どもたちを育てる保育。

子どもたちの発達はそれぞれで、全ての子どもに同じ事をする事が平等ではなく、
それぞれの子どもの発達段階を捉え、時には見守り、援助が必要ならば、
しっかり向き合うことを行っていく。
但し「見守る」という言葉には、単に見ているだけという意味合いが強く放任的な
イメージを抱いてしまいがちだ。

そこで「見る= 一人ひとりを理解する」と「守る=適切な援助をする」と定義し、「やってあげる保育」でなく、子どものやりたいことを引き出し保障する為の保育として捉え実践する。

さらに「みまもる」は、子どもが意欲や好奇心を持つための安心基地としての存在であり、
大切にされているという気持ちが持てるように、求められた時にはいつでも手が
差し伸べられるような「保育」の精神を表したもの」

と説明がありました。

かつて、心理学者 ヴィゴツキーが「発達の最近接領域」と定義し、「子どもがある課題を、大人や自分より能力の高いものと共同することによって解ける発達の水準」ならば、見本をみせたり、手を添えたりしながら援助するとしましたが、もちろん藤森先生の「見守る保育」はこのような時には適切な援助をするということです。

このように見ると、言うまでもなく大変素晴らしい内容です。
と同時にこれは「ある活動を行ったり、ある取組みを行ったりする際の活動水準に応じた保育者、教師側の姿勢や、ある場面での教師や保育者の応答姿勢、さらに保育や環境設定のあり様」ということになるかと思います。

では、「待つ保育」というのはどういうことを表しているのかという点ですが「待つ保育」というキーワードはこの園の前園長が25年くらい前からよく好んで使っていた言葉で、クラスで保育をしながら、ある子どもが様々な感情や思いを友達の姿やいきいきとした遊びや活動、原体験や感情を揺さぶられる体験から影響を受け、豊かで望ましい情操を形成していく過程で、情操が熟し、やがてなにかのきっかけで「噴出」や「炸裂」をするように自らの湧いてくるような「内部側」からの表出にスポットをあてた保育観のことを表しております。

とくに当園では、障害児が多数在籍する保育園であり、困難な保育状況での保育者の工夫やしかけによって障害を持っている子どもでも内部からわき出す思いを表出することがあるという場面をたくさんみてきました。
この「感情の表出と内部側からの高まり」を生み出す保育者の工夫こそが、なにより「保育の原理そのもの」なのではないかとも考えるくらい重要だと思っています。

また、このブログで「待つ保育」については説明をしていきたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。







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