ストレス耐性

卒園するこども達へ最後のメッセージとして 「泥かぶら」 のお話をしました。

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    ―「泥かぶら」のおはなし―

「昔、ある村に顔の醜い少女がいました。」孤児で、家もなく、森の落葉の中にもぐり、橋の下に寝る。色は真黒、髪はボウボウ。着物はボロボロ、少女は、その醜さゆえに、「泥かぶら」と呼ばれていました。
 町の人は「泥かぶら」がいれば「あっちへ行け、寄ってくるな」と言いました。そんな毎日の中で、いつも悲しい思いで生活をしていた「泥かぶら」の前にお歳を召した法師が現れ、その人は三つの言葉を授けます。それは「自分を恥じないこと、人に笑顔で接すること、人の立場になって考えること」という三つです。
 ある時、人買いが来て「泥かぶら」を連れていくことになりました。どんな過酷な、いやな状況でも老法師が伝えたことを守りました。人買い依頼者が住む都へ上がる間、毎日毎日、何を見ても素晴らしい。何を食べても美味しい。どんな人に会っても常にその人を虜にしてしまう魅力がありました。「人は見た目ではわからない」とは良く言ったもので、きれいな心を持つ「泥かぶら」はどんどん周りの人達を魅了していったのです。ついに人買いはある時、置き手紙をしていなくなってしまった。その手紙には、「私はなんとひどい仕事をしておったか気が付いた。お前のお陰で、私の体の中にあった仏の心が目覚めた。だから、お前は仏の子である。泥かぶらよ、幸せになってくれよ。」とありました。
 そして「泥かぶら」は水面に映る自分の顔を眺めてみるとそこには素敵なきれいな顔になっていた「泥かぶら」がいたのでした。。


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ご存知のように題材は昭和の初期にあった「泥かぶら」のお話です。
保育園生活は集団生活です。とくに渕野辺保育園は多数のこどもが在園する大集団です。 

人は「人と人との関係のなかで育つ」ものだと思いますので、ここが保育園で最も成長する力になります。
時に自己を発揮し、調整をしながら おりあいをつけながら 能動的な行動体系としての自我も確立していくことになります。
そんな強いストレス化の中で、「いやだな」「やりたくないな」という思いの中で、それを超える力だって必要だと考えます。なにか行う際にも仲間がたくさんいれば「待つ」ことも経験としてたくさんあるかもしれません。
しかし、それこそは「ストレス耐性」を持つ人になれるのではないかと考えるのです。

小規模化保育園や家庭保育園等たくさんあり、もちろんその理念は素晴らしいところもありますが、「人と関わる力」を保育園時代、土台づくりの時代に培っていけるのは私達の最大の強みです。

そしてうまくいかない人が周りにいるからこそ、

手をかしてあげられること、

困った人を助けてあげられること、

そして「泥かぶら」のようにどんな境遇であっても、自分を「信じる心」を持てるのではないでしょうか。

いつもいつも声をかければ応答してくれる大人の存在はあった中で、しかし友達との中で育ち合うことがいつの時代になっても絶対に必要だと考えます。

社会福祉法人さがみ愛育会は2年前に起こった「東日本大震災」の後に被災者の皆様へ法人をあげて支援を行いました。直後だけではなく継続的に現地に向かいボランティアもしました。そのことに厚生労働者から社会福祉法人として、この3月16日付で感謝状をいただきました。保護者の皆様からも支援の物、義援金をいただきましたので感謝でいっぱいです。当時、現地へ応援に行く際には園の関係者、保護者の皆様の一部からも「素人が危ないからやめたほうが良い」等たくさんのご意見やご心配も受けましたが、やはりお金や物資だけではなく、ボランティアに向かったこと、すぐに対応をしたことを今でも良かったと思っています。

こども時代から続く「人に手を貸してあげる」ことができる人になってほしいという思いを込めて渕野辺保育園卒園の方々へのメッセージになりました。




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